ワークショップ0613
原爆の図丸木美術館で「爆撃の記録」と「原爆の図」の見学会を開催しました。参加者は5人です。
期日 2021年6月13日(日)13:00-17:00
主催 東京都平和祈念館アーカイブズ
[プログラム]
アーカイブズを見ながらレクチャー
見学
感想交換
ワークシート 閲覧・ダウンロード (google drive)
[記録]
Q1 「爆撃の記録」を見て、何が印象に残りましたか。
・異様な白さ。「原爆の図」の暗い展示室と対照的。その白さが怖く思えた。
・調べれば見られるであろう資料を白い部屋で均等に並べる意味とは?こんな方法もありなのだと思った。
・ドレスデン空襲の慰霊碑に刻まれた詩の説明がピンと来なかった。中の展示とリンクできなかった。
・(米英の無差別空襲を受けたドレスデンがネオナチの「聖地」にもなっている情報を聞いて)体験者がいなくなり、記憶が薄れていくと過激な解釈が生まれやすくなりそう。
・証人がいればどこかでバランスがとれる。
・アメリカ軍による空襲の悲惨さを展示する博物館で、加害を展示すべきでないという批判について。日本軍による加害は仕方がないと受けとられる可能性について、注意深く考えていなかったのではないか。
・展示の鳥観図、いかにも「古い」と感じられるところがあった。丸形のシアターなど。
・「逃げまどう人々」のコーナーは人形の展示。広島で撤去された人形と似たような展示なのか。
・G空間は未完成。対話が生まれることで完成する。
・「アジアの人々に犠牲を強いた面」、「東京空襲に至る道」を上映する映像シアターなど、加害の面も展示されていると思った。
・写真のないフォトフレーム。計画が流れたことに対するどうしようもない気持ちを感じた。
・あのような資料たちが未だに公開されていないことに改めて驚く。
・名前がつぶされた証言リストを見て、証言した人たちや同意書を書いた人たち、ひとつひとつの工程に真剣に携わった人たちの気持ちの行き場が気になってしまう。
・体験者のインタビュー方法も気になった。かなりの配慮と計画の中で撮ったことが分かる資料だった。
Q2 「爆撃の記録」も「原爆の図」も爆撃を受けた人びとの体験をテーマにしています。
「爆撃の記録」の伝え方にはどのような特徴がありますか。
「原爆の図」の伝え方にはどのような特徴がありますか。
また共通点はありますか。
・「爆撃の記録」は無機質、明るい。
・知識がないと分からないと思う。
・「原爆の図」はいつ見てもドキドキする。感情に訴える。迫力がある。初心者に伝わりやすい。
・赤青の使い方。遠くから見ると黒々としか見えないのに、よく見ると骸骨が細かく描かれている。
・「焼津」の無言で訴えてくるシーンがすごい。
・共通点は言葉で説明しきらないこと。そのことで見たひとに発見がある。課題が残される。
・「爆撃の記録」は展示計画の流れを示す。色々なテーマを含んで包括的。淡々と記録している。生死より歴史の継続性に焦点を当てていた。
・「原爆の図」は「8月6日の広島」に焦点を絞って体験を詳細に描く。インパクトや生々しさがある。
・教科書で見た戦争のイメージに近い。
・主に被害の面が描かれている。悲惨さやショックで思考停止してしまう危険性がある。
・「爆撃の記録」は文字での伝え方。たくさんの人の証言を文字として吸収し、自分の頭の中で再生される。
・文字で体験することで想像は無限大になり、より生々しい状況を考えてしまう。写真や絵では伝えきれなかった感情が細かく表現されており、自分自身の感情が投影されるような感覚がある。
・「原爆の図」は原爆で人が苦しむ群像を絵で表現している。当時の空気感が視覚を通して感じられる。絵に飲み込まれる感覚がある。
・共通点は空気感を絵で捉えるか、自分の頭で捉えるかの違いはあっても、爆撃が不本意で理不尽で邪悪で悲しいものということが同じように伝わった。
・どちらも人の顔が見えない。個人の体験は詳しく描かれておらず、状況が描かれていると思った。
・学校などで多面的な知識を得ているので思考停止にはならないのではないか。
・「原爆の図」は原爆の体験を伝えようとしているが、「爆撃の記録」は東京都平和祈念館が凍結されたことを伝えている。設定が異なっているので、単純に比較できない。
Q3 見学会はいかがでしたか?感想を自由に書いてください。
・「原爆の図」を見るのは3回目なのに疲れた。何度見ても感じるものがある。
・埼玉県の遠い地に、初めてのメンバーと集まり同じものを見て、その感想を議論する。その「場」自体が、対人交流が少なくなった今、とても有意義であり新鮮だった。
・初めての丸木美術館だったが、他の方は何度目かの来訪であり、初見かそうでないかで感想の持ち方が違ったので、それも面白かった。何度も来ると原爆の図のそんな細かいところまで考察できるのかと、感心した。
・意外に感じたのは、藤井さんの展示に対する意見。あの展示の仕方はあれはあれで有意義で、東京大空襲の博物館ができないという事実から派生される日本の戦災への考え方に対する批判を、間接的に訴えかけてくるものとして良いと思った。しかし思いのほか皆さんの意見は辛口であったため、「そういう批判がああいう展示では生まれるのか」と勉強になった。自分は何でもかんでもあるがまま肯定的に受け取るところがあると思った。
・前回訪れた時には「原爆の図」だけを見たので、「ひどい、むごい、これが人間なのか」など絵に対する感想だけだったが、今回は「爆撃の記録」があったので、対照的な2つの展示として見ることができた。
・被害にあう人たちが居るならば必ずその裏側には加害を加えた人たちがいるということ、戦争そのものも、ある側面からのみ見ているとすごく偏った見方になってしまうということを感じました。
・色々な人の意見が聞けてためになった。同じものを見ても全く違う感想がある。美術館の良さを感じた。
[後記]
イメージから離れるには 山本唯人 2021.06.14
見学会の参加者は20代の女性3人、40代の男性2人というメンバーでした。
東京都平和祈念館が「凍結」されたころに生まれた世代の若者と、「爆撃の記録」と「原爆の図」を見て。
「こわい」という言葉がたびたび出てきて、印象に残りました。
絵がこわい、のではありません。
例えば、「爆撃の記録」の部屋の「異様な白さ」。「原爆の図」の「迫力」に飲み込まれ、「思考停止」してしまうことを、「こわい」と思うのです。
彼女たちが感じた「こわさ」は、麻酔的なイメージで想像力を引き出す、芸術の「魅力」と表裏の関係にあるものでしょう。
どんなにすぐれた作品も、すべてを表すことはできません。
だからこそ、あえて日常の思考を停止して、自分にはない経験を想像するとともに、どこかで思考停止する作業を停止して、もう一度、そのイメージを捉え返さないといけないのです。
こうした美術が誘う未知な世界への敏感すぎるともいえる感性が、若い世代である彼女たちの一つの特徴であるように感じました。
その感性を使って、例えば―「文字」は写真や絵が表せない繊細な感情を表現できるため返って「生々しい」感じがすること、空襲博物館に「加害を展示すべきでない」という批判は、「加害は仕方がない」というメッセージとして受け取られかねないことなど、戦争の博物館にとって重要な視点を発見しています。
美術が機能する上で、想像力を引き出すだけでなく、そこから離れるための情報が必要であることを、彼女たちとの対話は示してくれているように思います。
「爆撃の記録」展示室にて 於原爆の図丸木美術館 2021.06.13
原爆の図丸木美術館 新館ロビーにて 2021.06.13
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